あるがままに生きる

~Live there, but remain~あるがままに「いま」を生きる

2011.3.11…②

家族の無事、ご近所の方々の無事が確認出来た。
ホッとしたのも束の間…「さて、どうする?」

考えて行動したってより、閃くままに動いた
「安心して過ごせるって場所と食料等の確保」
先ずは避難所に指定されてる娘が通ってる小学校に行って、横になれる広さを確保した。
次にコンビニに行って、飲み水・乾電池・調理済みの食料を買えるだけ買ってきた。

その夜…
両親は足腰悪くて避難所の硬い床では無理なので、
揺れの止み間に寝具を持ち出して車の中で過ごす事にした。
娘と私は、土足で着の身着のまま、夜中に支給された毛布1枚掛けて避難所で過ごした。

停電・断水…日が暮れて暗くなってきて、余震が続き周りの情報が一切入らず先行き不安な中で、避難者同士とにかくお互いに元気付け合いながら夜を過ごした。

避難所である小学校…私の母校
本来ならば体育館で過ごす予定で指定されてたんだろうけど、超古かった為、あの揺れで立ち入れなくなった。
急遽、新設されて間もない別棟が避難所になった。
でも指定されてるのに、場所だけで、物資は何一つ置いてなかった。

暫くして…
自家発電の明かりで外から中を照らされ、順番で携帯の充電をさせてもらい、夜には菓子パンの支給、夜中にはお湯を入れて作るご飯と毛布の支給。
その内うとうとしながら横になり、朝を迎えた。

橋が通行止めになった事で、数日は水戸に行けない事を知った。
とにかく生きて行かなければと思い復興への道程を歩き始めた。津波原発事故の事を知らずに…